ここでは東京都の港区にある歴史的建造物をいくつか紹介したいとおもいます。
正称は豊川閣茶枳尼真天堂(ほうせんかくだきにしんてんどう)。
八代将軍徳川吉宗に登用された寺社奉行兼奏者番大岡越前守忠相は、三河三河西大平(現愛知県岡崎市)を領した。
文政11年(1828)今川義元・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康尊崇の妙厳寺(現豊川市)の山門鎮守として
祀られていた茶枳尼真天(稲荷神蒼稲魂命の本地)の分霊を矢倉沢往還の南に面した下屋敷内に勧請し、
翌年から邸外一般の参詣に応えて繁盛祠となった。
虎門金比羅・赤羽水天宮・新橋塩竈社などと同様、当時の領内名祠参詣開放の流行に従ったものである。
明治20年(1887)赤坂小学校敷地となったため青山通り北側の現在地に移転、
名奉行にあやかって花街・芸能人に防犯の効験で知られた。
商売繁盛をもたらす神として広く庶民に信仰される「恵比寿」を祀っています。
十番稲荷からは大通りを赤羽橋方面へ500mほど進んだ左にある
「麻布いーすと通り」を抜けて行くコースがおすすめ。
昔ながらの人情味あふれる商店街を散策しながら歩きましょう。
熊野神社は桜田通りの「土器坂(かわらげざか)」の途中にあり、
この坂名は、かつて坂下に土器職人が住んでいたことから名付けられました。
東京タワーを見上げるように建っている鳥居をくぐって階段を上がると、
右側に手水が流れ、さらに階段を上がった正面に本殿があります。
神社の勧請・縁起はとても古いのですが、1703(元禄16)年の火事で記録が焼失しわからないといわれています。
福徳開運、財産授与のご利益をもたらすという「大黒天」を祀っています。
氷川神社の前の一本松坂から下っていくと、一本松の石碑のあたりから大法寺に続く大黒坂、
オーストリア大使館のある暗闇坂(くらやみざか)、その左に狸坂と三方に分岐しています。
このため、地元では大法寺というより一本松の「大黒さま」として親しまれています。
創建は1597(慶長2)年。山門を入って左には、お稲荷様が祀られています。
毎年2月3日の節分の日に開かれる「豆まき」は盛大。
境内でにぎやかに豆まきが行われた後、近くの麻布十番商店街の年男を乗せた山車がパティオ通り、
十番通りなどを練り歩く「豆まきパレード」が繰り広げられます。